医療法人 厚生会 新着情報

 ここのところ厚生会大阪西クリニックの健診は毎日多忙です。さて我々の陣容を紹介しておきましょう。事務方は扇事務長以下女性4名(主任N、F、T、M)で、電話そして受診時の皆様へ対応を7階事務室で行っています。検査技師はこれも女性3名(M、Y、T)で、6階フロアーでの心電図、超音波、眼底検査、計測等臨床検査を実施しています。5階に下りてみましょう。ここは採血、血圧測定そして放射線検査です。女性放射線技師U(将来マンモグラフの導入を考えての10月新規採用)に従来からのベテラン男性放射線技師(A、T)そして看護師Hが働いています。さらに診察場となっている6階を中心に各階の有機的連携と診察介助は古くからの看護師Sと今年春からのK看護師が担います。診察担当は火曜日午後(特診のみ)に西クリニック管理医師(院長)の西原、月曜日は午前・午後佐藤、そして火曜日午前から金曜日は私が診ています。婦人科健診は月に数回鈴木、北島医師にお願いしていますし、西クリニック元院長の放射線科専門の吉井医師そして町医師がレントゲンダブルチェックのために週2回勤務しています。

 

 さて、今日は電車にて出勤しました。カミサンの起床時間が遅く(これはよくあることで、起こすのは私)、犬(ポメラニアン・8カ月、リリー)の散歩準備が間に合わず駅での見送りはなし。ウン?発車時のこの微妙な電車の震えはクモハ(運転台付きモーター車、クハは震えません)207型-2042、吊皮が新しく、黄色で握り手が太いぞ。さて東西線海老江駅到着後千日前線への乗り換えは73段(16,15,15,14,13段に分かれています)の階段が待ち受けています。深い駅です。その日の体調を占うには格好の負荷試験となります。最後の3~4段はたいてい足の重たさを感じますが、飲み過ぎた翌日は真ん中あたりで厭だな~の気持が湧いてきます。今日は好調のようです。そして地下鉄千日前線阪神野田駅へ向かう最後の13段は軽いステップで合計86段を登り切り、地下鉄改札後はホームへの下りですがまだ段数を数えたことがありません(これを数えだしたら強迫神経症になるかな)。出勤時の電車はJR・地下鉄とも乗り換えの関係から先頭に陣取ることが殆どです。子ども時代は省線電車の前窓にいつもしがみついていました。地下鉄で好きな区間が玉川から阿波座の途中にあります。上り下りの両線が一つのドーム型トンネルを通るところです。両壁の蛍光灯が後ろに流れ、旨い具合に数回のカ~ブがあって前方窓からみていると先に何があるのだろうと期待感が湧いてくるのです。小学生のころ幾度となく観たオーソン・ウエルズの第三の男、ウイーンの地下の巨大下水道を彷彿とさせる空間が拡がります。阿波座駅の手前では上り下りが別々の方形のトンネルに入り込み、途端に天井が低く閉塞感で無粋な目的地に向かうだけの地下鉄に変わってしまいます。このカーブの地上は丁度堂島川と土佐堀の合流点で、阪神高速、船津橋が複雑に立体交差をなしています。地下と地上は関係のない顔をしていますが、それぞれの交通がいえ、それを使っている人々がそれぞれの思いで通過していることでしょう。

 

 今日のJRは尼崎駅で座席に座り短時間本を読みました。昨日読みはじめて面白くて仕方ない本です。阪大解剖学名誉教授橋本一成氏の御書きになった【解剖学の抜け穴】2009年4月星雲社発行です。脳脊髄液の循環を解剖学的に明らかにされた基礎研究者の一人です。脳脊髄液の循環は人体にとって非常に重要な循環系の一つで、今では交通事故で長びくトラブルの一つ鞭打ち症の病態として低髄液圧症候群(脊髄液漏れ)の根拠ともなっています。本書には脱線コラムが18もあって、知的好奇心をくすぐられます。そしてなんと、私の長年の疑問点、そして信じていることへの解答がこの書で得られました。男女の違いは遺伝子で決まります。その遺伝子はXとYの性染色体上にあります。Y上にある性決定遺伝子が正しく作動してくれると男になれるわけです。一次性徴、二次性徴を経て全く違う構造と機能を持つように見えても、人体組織、臓器の原基は男女共通のはずです。では、みなさん!ここで質問です。

男のおちんちんは女性では何に当たるでしょうか。これは簡単ですね。では、歳をとってくると排尿障害で男性の多くが悩まされる前立腺、オットそんなもの、女性にあろうはずがないとお思いでしょう?! 探究心熱心で少しやんちゃな男性は想像を巡らせて思い当るところがあるでしょうか。女性はえっ、そんなん気持ち悪い、前立腺が私の体の中に?と思われるかもしれません。でも、有るんですよ、それが。という記事を呼んで、今少し興奮しています。答は次回のお楽しみ。

 

      

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 閑話休題;菅元総理大臣は四国お遍路の旅に出られたようですが、第79代内閣総理大臣の細川護煕氏は還暦を機に政界を引退され、現在陶芸家茶人として活動しておられます。近衛家祖母の住まいがあった箱根湯河原を拠点に陶芸工房と茶室「不東庵」を設けて活動を続けておられるのです。先日香雪美術館で開催中の【細川護煕 陶と書】を観に行きました。以前より彼の作品は大好きです。でも茶杓をみて感じました。細い(シャレではありません)。書もそうやって見ると細い。とても上品で茶碗や茶入れ等陶芸の作は面白く線の切れ味が面白いのだけれど、それだけに茶杓は不安な細さを感じました。でもカミサン出身地肥後熊本のお殿様。以前京都北村美術館での展覧会では偶然に氏が風邪をひいて少しお元気ではなかったけれど在籍しておられて、一番安い書籍をカミサンは購入してサインを頂きました。今回香雪では晴耕雨読の本を奮発購入しました。

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 天災は忘れぬうちにやってくる。でも季節はいつものごとく移り変わり、今年も紅葉は少しの悲しみを引き連れながら、でもそれならば一段と鮮やかに心に沁みる色模様を演じてほしい。

 

 日経メディカルの10月号インタビューは、冬型感染症をいよいよ迎える時期を狙ってのインフルエンザ記事が掲載されていました。神奈川警友会けいゆう病院小児科;慶応大学医学部客員教授の菅谷憲夫氏の【抗インフル薬の早期治療が世界標準に】と題して、2009年に発生した新型インフルエンザ(今は季節性インフルエンザの亜型)の我が国と世界主要国の統計データの提示と解説(論文発表紹介)がありました。以後はすべてこの記事からの抜粋です。日本は諸外国に比べて圧倒的に重症化と死亡率が低かった事実があります。これは当時医療従事者が実感していた事柄です。新型インフルエンザによる人口10万あたりの死亡数は、米国3.96、カナダ1.32、メキシコ1.05に対し日本は0.15だったそうです。小児入院例に限ってみると致死率アルゼンチン5%、米国カリフォルニア州3%、イスラエル0.6%、日本0.1%。人工呼吸器装着割合はアルゼンチン17%、カリフォルニア州10.1%、イスラエル3.1%、日本1.2%といずれも日本の世界の中でも注目に値するデータを残していたことが分かります。(注:統計にはいろいろの抽出条件があることは理解をしておいてください)

 ではなぜ?その答えの一つとして、発症48時間以内に抗インフルエンザ薬で治療した割合を比べてみますと、アルゼンチン12~13%、カリフォルニア州44%、日本88.9%と格段に早期治療が開始されている日本の現状が浮き彫りになったそうです。インフルエンザ薬については種々の考え方や、マスコミの配慮に欠ける恣意的いや不見識な報道姿勢に左右されているわれわれの思いがあるにせよ、疫学処理されたデータが示す我が国の事実からは、皆保険制度の元に感染症から守られている我が国の実態には感謝しなければなりますまい。

 新型インフルエンザ流行当時は若年層の感染が目立ち、特に企業健診を担当していると、妊婦は別として壮年期の感染や重症化は稀であったように感じていました。型は違っても既往感染あるいはインフルエンザワクチンの接種既往が少なくとも抑止力になっていると考えていましたが、このインタビュー記事の後半にもワクチン生産量すなわち集団接種の実態と小児1~4歳児超過死亡の関係データが提示されていました。1989年ごろよりワクチン生産量が低下し始め(このことは集団接種が少なくなってきた)ついに1995年から学校での集団接種が任意接種に変わって超過死亡がプラスに転じ始めている。1990年代に約800人の1~4歳児がインフルエンザで死亡したと計算されるそうです。1990年代の脳症の多発は学童集団接種中止が原因であった可能性が高く、また集団免疫効果で幼児のみならず高齢者をも守っていたと考えられます。【社会は個人のために、個人は社会のために】がワクチン接種には当てはまるでしょう。

 

                                     
能勢の栗         
     

 さて、体育の日には能勢にクリ拾いに行きました。お昼は松茸すき焼きを食べてカミサンはビールでハンドルキーパーは我慢のスタイルは変わりません。たくさんの栗が拾えました。あとの処理が大変でしょうけれど楽しみです。そうそう、我が家のオリーブは2%苛性ソーダのアク抜きを十分行い、2%の塩水、そして3%の最終塩水につけて冷蔵庫に保管されています。一粒摘まんだところではアクの抜けた程よい塩加減がグラッパに最適の仕上がりでした。カミサンはまだ食していないので、どう評価してくれるか。グラッパを進み過ぎるのが気がかりです。

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 まだまだ暑い9月中旬の連休の一日、阪急宝塚線沿線山本駅近くにあるあいあいパークに出かけました。ホームページの一部を引用しますと「あいあいパークは花と緑の情報発信ステーションとして、1000年の伝統を持ち、 日本三大植木産地の一つである山本に平成12年4月オープンいたしました。イギリスの美しい地方都市サリーの17世紀頃のたたづまいを再現した、お洒落で斬新な雰囲気が魅力です。グリーンショップ、見本庭園、ライブラリーカフェ、各種園芸教室、緑の園芸相談、レストラン、ガーデニンググッズや生活雑貨の販売などなど、中身も盛りだくさんです!とあります。http://www.aiaipark.co.jp/outline/aiai_pamphlet/index.html

 

 我が家の猫の額ほどの庭は暑い夏を過ぎて夏枯れの感がある植物だけが現状です。例のごとく、濃い液体肥料をやりすぎたためか(秤量もせずに目分量をスポイトでボトボト如雨露に落としてしまうため、性懲りもないいつもの私の癖)、申し訳程度の花を咲かせてその命を長らえているかわいそうなお花達にこの暑さは堪えたようです。思い切って刈り込んで、気温が下がって来たのでようやく息を吹き返しそうな昨今です。一方随分大きくなったオリーブの木は、例年花は咲けども実はならず(自家結実性が無い種類でよくできて2~3個の実)。近所にもオリーブの木が見当たらず、1昨年植えた2本目のオリーブは日陰のためか大きくならず、孤独な我が家のオリーブの木なので、今年は開花時ジベレリンをいっぱい吹きかけてその所為かオリーブの実が今年は30個ほど獲れました。友人に聞くともっと黒くなるまで置いておかなくてはアカンそうで、早々と青田刈りをしてしまったようです。今は2%の苛性ソーダ液につけてあく抜き中です。食べられるかな~、今度は苛性ソーダを幾度も水を交換して洗い流し、塩漬けにする予定です。つまみにまで熟成させられるといいのですが、とり置きのグラッパとの相性が楽しみです。

 あいあいパークでは、40cm程度のシマトネリコ、パキラなど観葉植物数種類と木製で額縁風の花飾りを買いました。カミサンの趣味ですが、手入れは私で眺めるだけの彼女です。奈良町で購入したこれもカミサンのお気に入りの木札とを並べて紹介しておきましょう。

 

木札    観葉植物の花飾り額縁

 

 

 

 初夏から夏にかけて植物の手入れをしていると日に当たる明るいところをせわしく走り回る赤いハダニに気付かれる人は少なくないでしょう。今日はそのダニのお話をしてみましょう。節足動物門クモ綱ダニ目の愛すべき生き物です。社会のダニのお話ではありません。タイトルにあるTickは大型の吸血性のマダニ類でそれを含めてダニ全般をMiteとよびます。口部にある侠客いえいえ、鋏角が特徴で、これを持って対象物に喰らいつきます。古い話ですが私が米国サウスカロライナ州チャールストンに留学中の1978年春先に両親が観光旅行に来ました。サイプレスガーデン(ヌマスギ公園)に案内し、公園内の沼地をカヌーで周遊し草地で休みました。その晩「公一見てくれ」というので風呂に入ると、父の左肩に6mmほどのダニががっちりと喰らいついていたではありませんか。引きちぎっては鋏角が残るからダニの尻を炙れ、そうしたら熱くて口を放す、アルコールやマニキュア除光液(有機溶媒)で酔わす、左回転でねじり取るなどいろいろの方法論が巷にはあふれていました。結局ピンセットを使って鋏角を残さず肩から取り外すことが出来ましたが、それから父が帰国するまでは病気(ロッキーマウンテンスポッテッドフィーバ=紅斑熱)を発症しないかとずいぶん心配したものです。ダニと病気。そうです。有名な病気が日本にもあります。

 最近こんな記事を見つけました。広島県福山保健所は9月16日同市内の70代男性二人がダニに刺され、日本紅斑熱を発症。うち一人が死亡、一人は回復に向かっている。厚生労働省によると2008年に宮崎でやはり70歳代女性が死亡しているそうです。年間50〜60名の感染症例があり、近年増加傾向に有るそうです。恙虫病も北海道を除く全国で発症しており日本紅斑の約10倍、年間500〜600名の患者(マックス1000名)で推移しています。こんなに多いとは知りませんでした。いずれの病気もダニ内に寄生するリケッチアという病原体が原因です。ウイルスやクラミジアと同じく単独で増殖できず、寄生した動物の血管内皮系の細胞内でのみよく増殖するそうです。血管内皮が損傷を受けると、凝固線溶系の異常(播種性血管内凝固障害=DIC)から重篤な病態が引き起こされることになります。ちなみに日本紅斑熱はRickettsia japonica、恙虫病はOrientia tsutsugamushi(旧名R.tsutsugamushi)、ロッキー山紅斑熱はR.rickettsiiがそれぞれの病原体です。そうそう発疹チフスもR.prowazekiiというリケッチアで引き起こされる病気です。

 恙虫はダニ目ツツガムシ科のダニの総称です。ツツガムシ病リケッチア保有率は0.1~3%と言われています。恙虫病は古典型と新型に分けられているようで、前者はアカツツガムシというダニに吸着されて発症し、主に山形県・秋田県・新潟県を流れる最上川・阿賀野川・信濃川流域の風土病でした。河川に関連するのは、川を起点とする人の入山の行動様式と関連するからでしょう。後者は戦後に見られるようになり、タテツツガムシやフトゲツツガムシが媒介します。地域性が薄まってきている理由はバードウオッチングやネイチャリングツアーが盛んになり、山中深く分け入る機会が全国に拡がって来ているからと私は思います。通常ダニは山野に生息するげっ歯類(ノネズミ)や鹿等のほ乳類の体液を吸って生活環を形成しているようです。人はたまたまの感染です。

 

 ダニは身近に居ます。街のダニとしてはアレルギーの元になるチリダニ(ヒョウヒダニ)、これは血液検査(IgERAST)で感作の状態を知ることが可能です。そして近年介護施設等集団生活環境で多発しているヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei)が厄介者として知られています。ヒゼンダニはヒトの皮膚に潜りこんで疥癬トンネルを掘り、激しいかゆみを発生させます。

http://www.ylw.mmtr.or.jp/~noryuasa/su34.html

 

さて、今日はダニにまつわる話題を提供しました。

余談1:カミサンは佐賀県神埼郡吉野ヶ里町(背振)にある肥前療養所の卒業です。なんでヒゼンダニと叫んでいます。

余談2:大恩師阪大医学部山村雄一教授は講義の時、リッケチア、と言っておられたのを学生時代覚えています。あわてて教科書を自分で調べてリケッチアであることを確認したのが思い出されます。

余談3:高校時代、「つつがなし」という言葉をしっとるかという(渾名)髭の大原の国語の時間、ホ~と思って聞いた内容は間違っていたようです。【ツツガ=恙】はもともと病気や災難という意味であり恙無しはその原点から派生した言葉だそうです。それとは別に原因不明の発熱・発疹・筋肉痛を来たし時には死に至る病は恙虫という妖怪に刺されて(刺し傷が必ず見つかりますから)発症すると信じられていた。医学が進み病因が解明されて逆にこのダニが恙虫と命名されたのだそうです。

 

皆様も改めて 【ダニ】君を ウェブでいろいろ検索なさってみてはいかがでしょうか。

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 8月も終わります。今年は昨年に比べると朝晩は少し凌ぎやすいと感じます。でも日中は暑い。処暑を過ぎてなお汗の出る26日(金曜日)午後に弊社の第6回JML元気セミナーが新大阪近くにあるメルパルクで開催されました。テーマは『メンタルヘルス対策の質の向上をめざして』で日ごろお世話になっている顧客ならびに関係者133名の御参加を頂きました。

 

JMLグループ 元気セミナー

JMLグループ 元気セミナー

    

 会は2部構成で第1部は基調講演、演者は産業医科大学産業生態科学研究所精神保健学教授の廣尚典(ヒロヒサノリ)先生、そして第2部は【現場におけるメンタル・ヘルス-困っているのはあなただけではありません 現場における勘所-】のトークセッションで廣教授と私が担当しました。今事業所現場ではメンタル・ヘルスが社会の要請もあり大きな問題となって来ています。廣先生の講演にもありましたが、事業所規模に依存してメンタル不調者の頻度やその回復程度に差が出てきており、小規模事業所の深刻な実情が思いやられます。また事業所規模にかかわらず、休職・復職リピーターの問題がクローズアップされてその対応に労務担当者、あるいは事業所内産業保健スタッフが頭を痛めているのも昨今実感されています。廣先生は著書[メンタル・ヘルス どう進める?職場復帰支援の実務](産業医学振興財団発行)の内容を中心に、

 ・職場におけるメンタル・ヘルス対策の基本的な考え方

 ・メンタル・ヘルス不調の多様性への対応

 ・職場復帰支援のポイント

 ・最近の行政の動向

 の4課題について、明快な語り口で内容の充実した基調講演を頂きました。

 対策の基本は疾病対策ではなく事例対応であり、クライアントそして職場の複雑かつ固有の背景分析に基づき、職場でできることとできないことを明確にし、主治医と十分な連携を図ることが重要との基本形をお話になりました。また今後は現場の意見を集約して作成・刊行される予定の対応パターン表の活用を強調されました。主治医は患者側の立場にあり、職場の環境情報も十分に得られないままでは通り一遍の判断しかできません。また診断書には強制力はなくあくまでも参考すべき意見書であるはずですが、それに従わなければの思いが強いあるいはそれをクライアントから迫られる事業者であることも事実です。今後はますます主治医との連携が重要であり、一方向ではなく、特に事業者からの情報提供が主治医にとっては不可欠であると理解して、対応表を用いることで類型化された内容の選択が出来て主治医からの適切な助言を得られやすいメリットを利用していかなければなりません。休職・復職は事業者が決定します。主治医の診断書でも、産業医の仕事でもありません。

 次に職場復帰のタイムスケジュールを5つのステップ(1.疾病休業開始及び休業中のケア 2.主治医による復職可能の判断 3.職場復帰可否および職場復帰支援プランの作成 4.最終的な職場復帰の決定 5.職場復帰後のフォローアップ)にまとめ、その折々にどのような情報を集約し判断していくのかを述べられました。ためし出勤運用の問題点ならびに本人復職後は、就業上の注意のみならず職場再適応プロトコールの中での受け入れ職場を作業環境管理としてどう調整していくのかが重要であり、適切な情報管理とともにフォローアップを怠らないことが再発を予防する基本であると説明されました。

 いや~、でも実際に担当する者は大変です。ご存じのように新型うつと称する新しい疾病概念が出てきており、それはとりもなおさず新しい問題が社会(事業所)の中で発生してきている現状の表れでしょう。トークセッションでは新型うつの背景に感じられる自己愛性人格傾向や適応障碍、学習障碍等の現実に触れ、受け入れ側の、時には偏見と片付けられるかもしれないけれど、余りにも身勝手な他罰傾向のパーソナリティに対する心情をどう今後解決するのか。今後は“ダイバーシティ”の社会的対応を進める中で初めて豊かな社会としてメンタルヘルス不調者を偏見なく受け入れていける、このような大計を持つ必要があるかもしれないと私は問題提議をしました。安全配慮義務、就業規則の整備等多くの課題を抱えまたその解釈と運用で悩んでいるのが事業者の実情です。トークでは少し詳細に廣先生とこのあたりをディスカッションしました。

 最後に、廣先生をセミナー演者としてご紹介くださったP社健康管理センター副所長伊藤先生の質問にお答えいただく形で無事トークショーを終えました。厚労省の特定健診、特定保健指導は4年目の半ばを過ぎており、メタボを主とした対策の一次評価を行わなければならないでしょう。この数年間にメンタル・ヘルス不調が、減らない自殺者の問題とも絡んで健診の次の課題としてにわかにクローズアップされて来ています。おそらく行政は試行錯誤を繰り返すでしょう。拙速な制度導入はかえって事業者そして働く者の混乱と不幸を招きます。喫緊の課題として今回の元気セミナーのテーマは時機を得たものと思われます。ご紹介の先生、並びに講演を快諾していただいた廣先生に改めて深謝いたします。

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 処暑を過ぎて、少し朝晩は凌ぎやすくなってくれるでしょうか。天神祭の後7月30日には私の所属する日本未病システム学会近畿地方会が大阪狭山市にある近畿大学の講堂で開かれました。今回の学会長は近畿大学医学部付属病院中央臨床検査部の森嶋祥之氏です。特別講演は教育文化研究所、治未病研究所の久城英人氏で【未病と生活習慣病制圧を科学する】というタイトルで、彼のライフワークとする黒竜江省科学院大慶分院での中日生活習慣病研究所での協助工作を中心に、明日の医療となるべき治未病の現状と夢を語りました。私の母子医療センター時代には彼の紹介で中国内蒙古自治区の首都フフホト(呼和浩特)にある婦幼保健院と数年間にわたり人事交流をした経験があります。日本未病システム学会の揺籃期に関西では中西医結合動脈硬化症・血栓症一次予防国際シンポジウムがスタートしていました。1994年3人(10歳長女、8歳長男、5歳次男)の子どもを含む家族全員で北京の第1回の学会に参加し、終了後5人で内モンゴルに向かいました。北京出発の飛行機が当日キャンセルになり英語の通じない国内便のカウンターで航空会社手配のバス便に乗り遅れ(待っていた中国人が一斉に走り出したのでこれはやばいと思いながらも何のことやらわからず時機を失して)、四苦八苦した揚句親切な人に巡り合って宿に潜り込めた散々な出だしでした。また事の顛末は別の機会にお話ししましょう。

 

 今回は特別企画として【国際救援活動における医療者としての役割】というタイトルで大阪赤十字病院検査部/国際医療救援部の喜田たろう氏からハイチ大震災後にみられたコレラ・アウトブレークの経験をご講演いただきました。衛生面では過剰な無菌志向の日本にやや危機感を持っている私ですが、永続性のある国際交流の困難さは、環境と歴史に造られて来ている健康観の違いにあるように思います。最後のパネル討論は私の出番だったのですが、司会進行が正直闊達ではなく学会長の企画に添える内容にはなりませんでした。日本未病システム学会の認定する未病専門指導師の専門性をいかに世間に伝え、活躍の場を拓いていくかのテーマで、パネリストの一人である大阪大学病院臨床検査部の花田浩之氏とともに切れ味鋭い課題をまとめたプレゼンテーションをしたつもりだったのですが、ディスカッションが誘導されず残念でした。

前夜祭は飛田の鯛よし百番、後夜祭は肥後橋ベトナム料理と続き、学会長のきめ細やかな準備と心配りに大いに満足した地方会となりました。私は地方会の代表世話人ですが、にこにこ笑っているだけで4回の学会はすべて各学会長の尽力で成功裡に終わっています。世話人会が今回正式に発足し、地方会の組織が成熟しつつあります。多くの方々の関心と賛同を得ていかなければなりません。

今年の本学会学術総会は11月19~20日に名古屋で開かれます。私を含めて弊社からは3演題発表予定です。

 

 8月1日には第14回神戸フランス料理研究会主催のシェフとの集いに初めて参加しました。場所は神戸ポートピアホテル南館。兵庫の酒とうまし風土がテーマで神戸に御店があるシェフが腕によりをかけてお料理をブースに並べ、いや~、これは堪りません。日本酒はいきつけ通い瓶の酒心館福寿酒造さん、淡路都美人は社長自らお出ましです。祖父の中央亭の関係から興味ある分野のイベントだったのですが、お料理の味の豊かさには感動しました。来年もぜひ行きたいものです。

 

http://actress234.blog94.fc2.com/blog-entry-720.html

 

グラッパ:ベルタ テキーラ:ロンアネホ グラッパ:ドンアントニオ

 グラッパ:ベルタ テキーラ:ロンアネホ グラッパ:ドンアントニオ

 

 タイトルから随分外れた内容のご報告になっていますが、我が家では最近グラッパに凝っています。写真中央の瓶はテキーラです。両脇がグラッパで、ブドウの搾りかすを蒸留した45度前後の強い酒なのですが、これがまた飲みはじめるとその個性ゆえについつい病み付きになってしまっています。茶道で使う水指しの形でいえば鮟鱇型のグラッパ専用グラスも購入して、ビール、日本酒に次ぐ仕上げのコースの位置を占めているグラッパなのです。私は休肝日を設けていません。なまじ休ませて翌日いつもの量より多めに飲もうという魂胆の酒飲みよりも、今日も頑張れよ、明日もよろしくと励まし合いながら蛋白やビタミンの供給を忘れぬアテを供給してコンスタントに肝臓を慈しむ飲み方を勧めています。グラッパにはチェイサーによる水分補給を忘れてはなりません。乾杯!

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 7月25日の月曜日天神祭に行って来ました。乗った船は御鳳輦講の供奉船です。天満宮の御鳳輦神祠の維持のために運営される講の出す御船です。地元に実家がある知人の看護師さんに頼んでチケットを手に入れました。私もカミサンも天神祭船渡御参加は2回目。私は30年前にこの看護師さん仲間と、そしてカミサンは追手門学院大学奉拝船で数年前の体験のリピーターです。昨年は陸渡御(からうすを特徴とする催太鼓を傍で見てその勇壮な振り回しと流れる汗に感動しました)と花火を楽しみましたが、今年は水上からの天神祭です。日本三大祭りはご存じのとおり、京都祇園祭(7月中旬に無事執り行われました)、東京神田祭り、そして大阪天神祭ですが、神田祭りは東日本大震災の直後に今年中止を決定したのだそうです。江戸っ子の気質を表している決定と思いませんか。関西に比べると生々しい震災を体感し、加えて気風の良さ、宵越しの金を持たない土地柄の篤さを示したのだと思います。でも、正直ちょっぴり残念です。今日は船で配られた資料と、船上で聴いた講員の方の説明を基に天神さんのお話を進めてみましょう。

 天神祭は大阪天満宮が鎮座した2年後の天暦5年(951年)6月1日より始まったとされています。祭事は大川より神鉾を流して、流れ着いた場所に祭場(いわゆる神様の御旅所)設けて、その祭場で禊払いを行うというものだったそうです。これが鉾流神事の元となり、その祭場に船で神様を奉迎したことが船渡御の起源となっていると伝えられています。かつては百間堀川の東岸鷺島にある雑喉場(魚市場)に御旅所があり、その後本田、千代崎松島新地等西区内を転々としているようです。西クリニックも遠からずの位置となります。このように、船渡御はまずは鉾を流すすなわち下流に向かう神事であったようですが、大阪地盤沈下の結果橋の下を徐々に潜れなくなり、昭和28年以降天満宮から上流に向かう今の船渡御に変わったのだそうです。

                                                          

  地車囃子は大好きです。神戸本山村にも保久良神社のだんじりが4基(中野、小路、田辺、北畑)あり、5月の連休頃触発されるのはやはり鉦の音でしょうか。高音で空気を突き抜けるリズムの早い打音が耳に入るとなぜかそわそわしてしまいます。17:30に天神橋北詰の大川端から乗船、待つこと1時間半、大阪じめの練習は、我々夫婦にはお手の物、しかし数回練習しても最後のチョチョンのチョンが合わずリズム感を体得できない方が少なからず居られるようです。その間に陸渡御の地車や最終神輿である、玉神輿、鳳神輿が河北側の道を走り抜け、列外船のどんどこ船が櫓さばきも鮮やかに大川筋を漕ぎ下りまた漕ぎ上がって行きます。飲み放題のチュウハイ、ビール、ハイボールはトイレ事情からやや抑え気味にの小生ですが、カミサンのピッチは相変わらず速い。とてもユニークな幌被せのトイレはどの供部奉船も共通のようです。天満天神繁昌亭の落語帰りに行きつけの主税寿司さんから、お祭りのお祝いだからと差し入れていただいた巻きずしと握り寿司を船上で頬張り(いつもながらに旨いな~)、さっそくトイレを試してもう赤ら顔のカミサンともども少々ご機嫌となった ところで御鳳輦が奉安船に鎮座ましましていよいよ19時離岸となりました。

 

講員さんと幌付きトイレ                         天神橋を見上げて

 

 

 次々と橋の下をくぐり、淀川三十石船の船着き場である八軒屋(熊野古道の出発点でもあります)、天満橋を過ぎたあたりで待ちに待った花火の打ち上げが始まりました。これこれ!この腹にズドーンと来る低周波の波動が堪りません。街の中で上げる花火なので玉は小型だそうですが、打ち上げの音、はじける音、しゅわしゅわと弧を描き模様を造る音などがホテルの室内からみる花火とは比べものにならない圧倒感を持って体中に響き亘ります。“動”の他船に比べて“静”でなければならぬ御鳳輦船及びその供奉船ではありますが、花火が上がり、酒がまわればもう乗船者の祭り気分は最高潮。飛翔橋あたりから下って来る奉拝船の御挨拶を受ければお返しは御祝い事のマナーの一つとして、講員の方の掛け声とともに上手になったお大阪じめを連発しました。

 この大阪じめのリズムはテレビで先日見た博多祇園山笠の手締めと同じ2・2・3(二拍子二拍子、4拍子の三拍目休み)の打ち方です。でも大阪とはテンポが違う。博多は威勢がよくとても早い。皆様も一度手を打ってみてください。“タタン・タタン・タタンがタン”のリズムは電車の音に似て快適です。三三七拍子はポピュラーだけれど、う~ん、合いにくい大阪のリズムとテンポは何なんだろう。大阪じめにはなじみが薄くいまひとつ盛り上がらない感覚で、確かに最後の三つ目の間の取り方がついタンタンタンと休拍なく連続三つ打ちたくなるのでしょうか。

 

ではここで大阪〆「打~ちましょ タンタン。もひとつせ~ タンタン。祝うて三度 タタン・タン」

http://www.youtube.com/watch?v=UTe6ijP0cCw

案外慣れてくると妙に人懐こく、愛すべき手作業に思えてきます。これは祭の雰囲気だけでもなく、酒のためでもない、大阪地方の人の息遣いなのでしょうか。毛馬の閘門あたりまで遡上して川面に映るかがり火をUターンし、帰途、あ~残念だ。最後の打ちあげ花火が、川の曲がりで音だけしか伝わらず、今年の天神さんは終了となりました。いつもよりは打ち上げ花火の数は5000発から3000発へ減少して、奉拝船もこころなし数と派手さが無かったようです。頑張らねば日本。

 

 さてメタボ健診が平成20年に始まって今年で4年目の正念場を迎えています。高血圧症、脂質異常症、糖代謝異常等各疾患のアップストリーム(上流)に位置するメタボリックシンドロームを早期に健診で見つけ健康指導のもと行動変容にて下流にある、生活習慣に依拠するがん、心筋梗塞や脳梗塞、糖尿病等を予防していこうというのが特定健診の目標です。

 一方内田樹の「下流志向」、林真理子の「下流の宴」等の著書が注目を浴びる時代です。資本主義であれ社会主義であれ、人の社会に現存するヒエラルキーに伴う、上流・下流の意識はぬぐい去れるものではありません。経済並びに人の存在様式は机上の理論だけでは御しがたく、バブルでは倫理学、不景気には心理学で対応しなければならないというのが私の持論です。イルージョンでしかない平等思想を義務と権利の上流志向としてではなく、権利請求のみの下流発想を教育の原点においてしまえば、多くの人が結局最下流に辿り着く滞留社会現象は必然。あがきの無い上流志向を醸成する社会の芽を着実に作り上げていかなければ、日本の頑張りは空転してしまう事になるでしょう。ふとそんな思いを巡らせた天神さんでした。

 

http://www.tenjinmatsuri.com/other/index0

http://web1.kcn.jp/tkia/td/nenpyou.html

カテゴリー: コラム

                                                                                                                                                                           夏空が拡がっています。55年前、ランニングシャツに短パンの小学生が夏休みの日中を走り回っていた頃の小笠原気団の群青色の空そして白い雲のコントラストが懐かしい。当時武庫郡本山村北畑大字保久良通りの夕餉の食卓には蛍やカブトムシが飛んで来ていたし、空には銀河がかかり、流れ星がけっして珍しくない澄んだ夜空がありました。確かに今も、青き空と雲の白さに夏を感じることはできますがもっと深く、もっと高くとつい望んでしまいます。私の水晶体や網膜の劣化も否定はできないかな。私の夏!

 

  ならば、当時の夏の思い出を少し綴ってみましょう。舗装されていない道の尖った石に蹴躓いて手のひらを傷つけ、まずは沁みるオキシフルで消毒をして(それがカタラーゼの作用であり、遺伝的に酸素ができない個体があることを臨床遺伝学で学びました)その後デルマトール(次没食子酸ビスマス)の黄色い粉を塗り付けた祖母の治療。隣家のYさんの御爺さんは(我が家ではパパと彼のことを呼んでいました)早朝ふんどし姿でラジオ体操。彼が道端に植えた赤いカンナの背の高さと、花の鮮やか過ぎる赤い色そして自己主張する葉の姿形が子ども心に脅威でした。パパの末のお嬢さん“れいこちゃん“には本山第一小学校入学時登校のエスコートをしていただきました。夏のデザートといえば、祖父母、両親、私の5人家族ではスイカ1個買ってきて、石の重りを付けたネットに入れて井戸の底からちょっぴり浮かして半日つけておきます。一人宛てのボリュームはたっぷりあって、スプーンでトンネルを開けながら、最後に一番甘い真ん中を残す工夫をしていました。今もこの井戸水は健在で、水撒きに重宝しています。今の冷蔵庫の温度に比べたらとても生ぬるい温度だったと思いますが、扇風機、団扇そして蚊帳の時代においてはその冷たさは貴重だったのでしょう。そうそう、夏になると保久良神社の御旅所付近にある谷治商店から毎日氷の宅配がありました。我が家に木製の冷蔵庫があったのです。自転車の後ろに積んできた氷を大きな目の粗い鋸でカットして、かぎ棒にひっかけ家に運び入れてくれます。近くの清田鉱泉所で買うラムネを氷の上で 冷やしておくのが夏休みの楽しみの一つでした。

  先日の月曜日には巡回健診で大阪市大理学部附属植物園(交野市私市)に行きました。杉本町の大学キャンパス田中記念館における健診(最終日)を午前中に終え、弊社のレントゲンバスに乗って生駒山西麓にある施設の現地健診に伺いました。少し早く着いたので、入り口近くの水生植物、ヌマスギのある外国産針葉樹園あたりを散策しました。かつて33年前アメリカ南部東海岸サウスカロライナのチャールストンに居る頃は郊外の沼沢地にヌマスギ(サイプレス)が生えていて、折れた気根を拾ってきて磨いたことがあります。週末の散策場所の一つでした。でも、ワニは居る、時には水面を蛇が横切り、大きなダニ(リケッチアという紅斑熱の病原体を持っていることがあります)がいるのも事実です。自然の捉え方が日本と違うなと当時思った事でした。世界遺産の管理の在り方も案外この根底の認識が異なるため今後トラブルが発生するように思います。さてさて、脱線しましたが、水生植物は各種のスイレン、オモダカ、ミソハギやコウホネが並べられており、蓮の花の見ごろが何本かありました。暑いけれど、市街地の不快な暑さではなく、子どもの頃の快適な夏の暑さを肌に感じられたのです。20数名の最後に健診に来られた方が「都市と森の共生をめざす研究会」代表の植松千代美先生で、植物園2011年夏のイベントへのお誘いと研究会のパンフレットを頂きました。なかでも、9月2日と3日【夜間特別開演 夜咲き熱帯スイレンの観察】を強く勧められました。わくわくする内容ですね。その他にも小学生を対象のサマースクール、交野環境講座、熱帯植物観察会等が企画されています。健診でこんな出会いがあるのはうれしい限りです。帰りには子ども心に少々不気味だったあのカンナ(矮性)を3鉢(1鉢500円)で購入してしまいまた。                     

                                     

                                                                                                                                              

                                                                         

                夏の風にふかれて          やはり存在感のある矮性カンナ                                                              

 

 

http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/biol/botan/

http://www.osaka-cu.ac.jp/news/pdf/pcb3eebf9.pdf

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    

   

 

  夏型のウイルス感染が大阪で流行っています。手足口病、ヘルプアンギーナ。今年の手足口病は主にコクサッキーウイルスA6型だそうです。日本の手足口病は主にコクサッキーA16、エンテロ71ですが、このエンテロウイルスが心疾患等先天的な合併症を持った小児に感染すると重症化し時に血球貪食症候群などの致死的病態に至る事例を母子医療センターで経験しました。以前にも感染症のコラムで述べていますが、人の無知、油断、手抜きを見事に攻撃してくる感染症を決して侮ってはなりません。

  また、大阪府公衆衛生研究所から5月末に伝染性紅斑と風疹の警告が出されています。伝染性紅斑はパルボウイルスB19が引き起こす感染症で、小児ではいわゆるりんご病といって頬っぺたが真っ赤になる症状で知られていますが、成人では関節痛が主症状です。このウイルスは短い周期で分裂を繰り返す組織に親和性が高く、白血球の減少がみられるとともに、溶血性貧血等赤血球の疾病を持つ方では貧血進行が重篤な合併症として出てくることがあります。また、妊娠初期から中期にかけての感染で、胎児が経胎盤感染すると胎児の活発な造血機能が破壊されて、重篤な胎児貧血を引き起こし胎児水腫から胎内死亡に至る事さえあります。私も胎児水腫の病因を妊婦血液抗体検査で診断したことがあります。子どもからうつったという親が少なくない昨今です。このウイルスは4~5年周期で流行し前回は2007年でした。ワクチンは今のところありません。妊婦がかかれば産科による注意深い胎児モニタリングが必須となります。大阪府内では3週間程前がピークだったようですが、さらなる警戒そして次回(2015年?)に備えて、情報共有をしていかなければならないでしょう。

  風しんは今のところ警告にもかかわらず流行には至っていないようです。これも妊娠中に罹患すると先天性風疹症候群(難聴、白内障、心疾患)の児を出産する可能性があります。風疹ワクチンは生ワクチンなので接種すると軽く感染状態となるところから妊娠中接種は勧められていません。したがって妊婦家族がワクチン接種の対象者となります。また経産婦は上子の生活環境(保育等)からの感染機会が少なくないので回避する知恵と工夫、家族の協力が欠かせません。なによりも未感染妊婦の産後に積極的ワクチン接種を図ることが大切です。日本では風疹ワクチンは1977年から1993年まで女子中学生にのみ接種され(現年齢約30歳から約47歳、接種率約70%)、男性には接種されていません。2004年の「風疹流行にともなう母児感染の予防対策構築に関する研究」班における「風疹流行および先天性風疹症候群の発生抑制に関する緊急提言」においては、風疹に免疫のない、妊娠第20週以内の妊婦さん(妊婦さんは接種不適当者)と同居している家族 (妊婦の夫、子ども、50歳未満の同居家族)、医療従事者、保育所や学校等に勤務する者、10代後半~40代の女性、小、中、高、大学生等集団生活をして いる者等にワクチン接種が推奨されています。               

                                 

  暑い省エネの今年、懐古の心をちょっぴり以てがんばります。     

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 祇園祭囃しの御稽古が京都では始まったみたいで、早くも関東熊谷では36度の気温が記録されました。小雪の舞う被災地の映像からまだ4カ月も経たない時間の流れは、人知の及ばぬある意味では過酷な現実の中で、人の利己的に暗躍する浅はかな行動がますますクローズアップされ、むなしく映る今日この頃です。

 厚生会の健診は最も多忙な時期を迎えています。メタボ健診が始まって、男性85cm、女性90cmの腹囲基準はその測定精度は別として、身近に見える健康の一つの指標として結構定着して来ているように思えます。【女性厄年お肌の曲がり角、男性厄年メタボの曲がり角】と言うと、ニタリと意味ありげに笑う方が増えてきました。40歳前後の男性は家庭、仕事の上で健康管理に十分な時間が取れない状況下にあります。帰りが遅く、夕食を食べて寝るの毎日では内臓脂肪は貯まる一方。成長盛りの子どもに合わせたメイン料理に、せめて一皿スローフードの個別要求は却下され、上と下に挟まれての仕事ぶりに手抜きはできず、ついつい酒量も喫煙量も増えるのは一種の労災ともいえるでしょう。「ジムに行く時間なんか取れません」はあながち言い訳ではない現実に、腹は七分目(八分目は甘い!)、階段をみたら喜び、エスカレーターの左を急いで上がる努力を続けるよう促し、せめて小汗をかく10分以上のウォーキングの機会を作る工夫を1年の目標にしてのアドバイスで健診を終えるのが現状です。それでも、最近は体重を落としてこられる方が増えてきました。体重1Kgはほぼ腹囲1㎝に相当します。企業戦士頑張れの毎日が続いています。

 

 特定健診でも関心の深い糖尿病について、ほぼ1年が経過した日本糖尿学会の改訂診断基準についてその要点を述べてみましょう。

 (I)HbA1c をより積極的に糖尿病の診断に取り入れ,糖尿病型の判定に新たにHbA1c 値の基準を設ける。

 (II)血糖とHbA1c の同日測定を推奨し,血糖値とHbA1c 値の双方が糖尿病型であれば1 回の検査で糖尿病と診断可能にして,より早期からの糖尿病の診断・治療を促す。

 (III)現行のJDS 値で表記されたHbA1c(JDS 値)に0.4% を加えた,NGSP 値に相当する国際標準化された新しいHbA1c(国際標準値)を暫時併用し、時期をみて移行させる。

糖尿病の臨床診断のフローチャート

 HbA1cは赤血球中にある酸素を運ぶ赤いタンパク質であることはよく御存じだと思いますが、血糖値が高く長時間持続しているとこのヘモグロビンに血中ブドウ糖が付いて化学変化が起こり、やがて離れなくなってしまいます。ブドウ糖というシミ付きヘモグロビンがグリコヘモグロビン(HbA1c)なのです。赤血球の寿命は約120日で半減期はおおよそ1カ月。これらを考慮すると、HbA1cはおおよそ1~1.5か月前の糖代謝の状況を反映していると言われています。血糖値が時々刻々変化しているのに対して時差(タイムラグ)はあるにしても空腹時や食後血糖の変動を含めて平均血糖値を知るには信頼できる検査です。糖尿病のスクリーニング検査としてやっと採用されたという感があります。

 特殊な状況下ではありますが、赤血球の壊れやすい病態を持っている方、あるいは新しく赤血球が作られていく、すなわち若い赤血球が多い状態の妊婦さんではHbA1cは低値を示します。また、糖尿病でもないのに高値あるいは低値を示す遺伝的異常ヘモグロビン症の方が希に発見されることがあります。

 一回の健診機会であっても、血糖値との組み合わせにより、時間経過も含めてより的確にクライアントの糖代謝異常を評価できるようになるでしょう。

カテゴリー: コラム

 梅雨入りして抜けるような晴天が久しく感じる今日この頃です。神戸ではアジサイが見ごろ。赤から青へ移り行く色合いは怪しげです。土壌のpHに影響される種類もあるようで、プランターに石灰を撒いてみたことがありますが、確かに赤色ばかりでアジサイの味わいが無かった経験があります。今年は自然色で、さつき以外に花枯れの庭にはあでやかな色どりを与えています。プランターに植えた山椒の木は今年蔭に置いていた所為か、アゲハチョウの産卵が無く、今でも若葉が出てきています。ちょっと情け心で幼虫を見逃してやるとあっという間に葉は丸坊主となり、無残に枯らす繰り返しの我が家です。アゲハチョウの三令幼虫までは山椒の幹の色と肌合いがそっくりというのは見事です。五令以降はむしろ葉の保護色でグリーンはつややか、正面からは両眼とも見えるロンパリの斑紋が愛嬌ですが、臭角は腋臭に似て、小生には忌避する臭いではないのが彼らにとっては残念です。しかしここまで大きくなるとついついもう少しで成虫だよと放置してしまい、山椒の木を枯らしてしまうのです。毛虫から三令までが慈悲もなく抹殺の勝負どころかな。

 

 娘に子どもが生まれて初孫の誕生は4月27日。1カ月の里帰りの後、帯を頂いた中山寺に御宮参りをして(当日は台風2号の豪雨下でした)5月末の日曜日に自宅に戻りました。出産は少し陣痛微弱でしたが、産科医による誘導後は比較的短時間で産むことが出来ました。私は27年勤めた府立母子保健総合医療センターでケアーをしたハイリスク妊婦さんの出産に数多く立ち会いましたが、陣痛だけは神の与えた負荷とはいえ、女性にとっては少々残酷すぎる試練だと思います。カミサンと娘が話していますが、出産当時はもう嫌だと思う陣痛も、それで二人目を望まないかというと案外そうでもなく、「痛み」は【傷み】として残っていないようです。ソフロロジー、呼吸法など、痛みを逃す(痛いけれどそれを心の傷として感じさせない)工夫が助産学の原点なのでしょう。育児はつらいけれど、またにわかの論功を得られないけれど、育む行為の中に自らが見いだせる歓びを神様は忘れていなかったのでしょう。男性には経験できない陣痛と出産、母としてのフィジカル、メンタルな児とのアタッチメントは女性の尊厳そのものであり、誇りの一つと感じます。娘はカミサンの時折のマッサージ支援を受けながら完全母乳で子育て中です。

 

 一方で、痛みが【傷み】となり、つらい症状が続くことがあります。弊社は健診を専らとしていますが、健診には採血が付き物です。その中で採血行為に誘発される特異な偶発症があります。一般的にある種の外傷を基に各種神経症状、運動機能異常が誘発される現象をCRPS(複合性局所疼痛症候群)と呼びます。125年も前に報告されていながら、世の中での認知度はまだまだ低いようです。タイプⅠとタイプⅡがあり、タイプⅡは旧来カウザルギーと呼ばれていて、明らかな神経損傷を伴うものをいいます。採血でいえば、主に肘窩で行われるものですから、正中神経損傷の可能性が最も高いと言えるでしょう。しかし肘窩ではないあるいは肘窩であっても通常の採血に終わり明らかな神経損傷がないにもかかわらず、自律神経系の症状や疼痛が引き起こされる場合をタイプⅠと呼びます。われわれの経験では採血後数時間内に局所の疼痛(必ずしも穿刺部位とは限りませんが、ほとんどが同側です)、しびれ感(知覚異常)を感じ始めます。しばらくして自律神経系の反応でしょう、皮膚温~皮膚色の左右差、異痛(アロディニア=本来は痛くない刺激を痛みとして感じる)症~痛覚過敏症等の症状が出現してきます。

 痛みは体のデフェンシブラインの最前線、斥侯役を担っています。一時疼痛を担うAδ線維(アイタッ)と二次疼痛(じんわり痛)を担うC線維が一次ニューロンとして脊髄に情報を伝え、二次ニューロンが脳の視床まで情報を伝達します。ここには複雑なシステムが構築されていて、本来は痛みを抑制したり、増幅したりして適切に対応しているはずなのですが、いずれのシステムもそうですが、時に痛みの悪循環現象が起こり、僅かな刺激が痛みを増強させてしまう、あるいは興奮した疼痛神経が他のネットワークにチョッカイを出して、自律神経系の反応を引き出す、少し単純すぎる記述ではありますがこの結果CRPSになると思われています。難病の線維筋痛症や、帯状疱疹後神経痛がこのメカニズムが関連していると考えられ始めています。脊髄における疼痛増幅物質の発見など、まだまだこれから疼痛に関する研究は続くようです。このことは治療法の開発につながります。期待しましょう。痛みには情動が絡んできます。抑制されていく陣痛と、増幅されて【傷となる】外傷性疼痛に対応するには、クライアントの痛みの経験、発生時の環境並びに慈愛に満ちたクライアントに対する理解と適切な対応が今後求められ続けるでしょう。健診の採血といえども、技術の研鑽とともに関係者全てが最新医学的知識の共有を図っていかなければならないと考えています。

http://www.geocities.jp/ababa55jp/mokuji.html

http://www.shiga-med.ac.jp/~koyama/analgesia/pain-classification.html

カテゴリー: コラム

 好天に恵まれた5月の連休が過ぎ、新緑が日に日に鮮やかさを増す季節となりました。神戸市東灘区辺りの六甲連山も、前山と後山の色合いが微妙に異なり、山懐の奥行きが車窓からも感じられるようになりました。この山の幾多ある登山道は、結構複雑な重なりあるこれら地形を、先人が柔軟に意味深く踏み固めてきた軌跡を今もたどっていることでしょう。

 5月の休みの日、久しぶりに「おじいちゃん」のお店にランチを食べに行きました。ハーバーランドのキャナル沿いにある明治屋神戸中央亭です。私の祖父は、明治23年三重県斎宮の生まれ。長男である彼は、家計を支えるべく早々に郷里を離れて横浜の語学学校に進み、幾度にもわたる東北沖の船酔いの試練を経て後、日本郵船欧州航路貨客船の司厨長を務めるようになりました。陸に上がって昭和初期~中期、洋食レストラン明治屋神戸中央亭(開業大正15年4月)の支配人になり、小柄で、口ひげをはやし、中折れ帽をかぶっての出勤姿は子ども心にかっこいいおじいちゃんでした。この関係から、神戸大丸の南、旧居留地にある海岸ビル一階のお店には幼い時からよく行っていました。事務職の方々、恰幅の良かったシェフ、給仕の女性陣にかわいがってもらった記憶があります。確か山口さんという給仕の女性が幼稚園児である小生のお気に入りであったことを思い出しました。顔も浮かびます。いえいえ、けっしてませた子どもではなかったはずです。まだメリケン波止場の手前を臨港線の蒸気機関車が走っていた時代でした。進水式のレセプションを落札した話や、お正月に我が家に届く銀皿と称するコールドビーフを中心としたオードブルに目を輝かせた子ども時代の思い出です。祖父がローストチキンをナイフとフォークで鮮やかに捌く姿は印象的でした。私の父も、そして私もウイッシュボーンを見事に取り出す技術を未だに持ち合わせていません。

 当時の中央亭は天井が高く、真っ白で清潔感あふれるお店でした。おじいちゃんの居る支配人室に入るのはいつもわくわくで、今でも厨房から流れてくる料理の香り、眩しいスポットライトの着いた事務デスク、給仕さんの蝶ネクタイやかわいいエプロンなどが懐かしい。

 残念ながら、16年前の神戸大震災で被災した思い出のある海岸ビルを離れ、中央亭は今の場所に移りました。評判はビーフシチューあるいはタンシチューで、歴史あるメニューですが、チャツネ風味のよく利いたドライカレーも外せません。今はタンコロッケも人気のようです。お食事の後、現在の支配人前田さんにお話を伺いましたが、伝統ある中央亭のコンセプトを守ろうとなさっている様子が誠実でかつうれしく思いました。資料も集めたい旨のお話でしたので、僅かに残っている(神戸大震災で我が家も全壊しています)祖父関連の記録をまとめてみようと思っています。  

 

   コラム№14 信一欧州航路            アップな料理写真で美味しさが伝わるHPを選んでみました。

                               http://jirokichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-7ff0.html

                                                                                      

 今回は美味しい食事のお話で始めましたが、4月末から5月上旬にかけて100人以上の規模での腸管出血性大腸菌感染事例が相次いで発生しました。焼肉屋のユッケが原因と考えられているO-111とだんご屋の柏餅等によるO-157感染症です。5月18日の時点で前者は4人の死亡、後者は重体の2人が報告されています。いずれにもわずかながらの二次感染者(原因食材→感染者→感染者)が発生している模様です。関西では未だご記憶の方が多いと思いますが、今から15年前(平成8年)の7月中旬に堺市で学校給食によるO-157腸管出血性大腸菌の学童集団感染が発生しています。当時私は和泉市の府立母子保健総合医療センターに勤めており、広い会議室が消化器症状を訴える子ども達の緊急入院場所になったのを経験しました。患者数8000名、死者3名(内1名の方が母子医療センターで亡くなられており、お母様のカウンセリングを母性内科医として一度行いました)の大規模感染事例でした。実はこの年5月末に岡山県邑久郡邑久町(現瀬戸内市)の小学校、幼稚園で先行したO-157感染が発生しており、有症者数500名、死者2名を出しています。1996年の記録によりますと、この年の発生件数179件、患者数15000名、死者8名とあります。堺はカイワレ大根が原因と推定され、当時厚生大臣としての菅現総理が風評被害を否定すべく記者会見の場でカイワレ入りのサラダを食べている報道が印象的でしたが、さて、風評被害否定の場は当時よりもまして今東日本大震災後の日本では求められている現状と重ね合わせると、さらにスマートに、そしてエビデンスに則った総理としての言動を期待したいところです。

 今回のO-111はVT(ヴェロトキシン)2を持っていることが確認されており、この毒力はVT1よりも強いのではないかと言われています。また一般に腸管感染症の重症度あるいは予後は、本来自分が持っている腸管内細菌叢、血液型物質やシアル酸を中心とする糖鎖の遺伝的背景(個性)による易感染性あるいは抵抗性などが、菌の毒力あるいは摂取菌量と同じように重要と考えられています。堺の発症状況分析では母子医療センターの小児科医によると、女児にやや重症化傾向(便秘理由?)がみられ、毎日朝ごはんの摂取習慣がある学童は軽症で済んでいる可能性があるようでした。これはただ朝ごはんを食べるか食べないかという事ではなく、日ごろの食習慣・食内容が個人の、特に腸管を主体とする免疫、疾病抵抗力に関連していることを示唆しているのではないでしょうか。

 病院等において感染対策を経験すると、感染症は人の「無知、油断・慢心、手抜き」を見つけ出して見事に侵入してくるな~と実感します。腸管出血性大腸菌は毎年数千名の感染(有症状+保菌者)が報告されています。そのうち数%のHUS(溶血性尿毒症症候群)そしてさらに数%(10例前後)の死者が発生している、けっして珍しい病気ではありません。毎年初夏から初秋にかけてこの感染症はピークを迎えます。口は災いのもとにならぬよう、食を提供する職種の方も、それを美味しく食べようとする方も手洗いを基本として、安全と快食を心掛けていきたいものです。

 

                                     コラム№14 ガンバロー日本     

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